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助けを求められず自殺リスクの高い思春期児童の一群を深層学習技術で同定
――東京ティーンコホートの児童本人と養育者による評価から――
◆思春期児童の精神症状の多様な変化パターンが5つの特徴的なグループに分けられることを見出しました。そのうち本人の苦痛が養育者から見逃されていた一群は自傷や希死念慮のリスクが高く周囲に助けを求めない傾向がありました。
◆思春期児童本人と養育者が評価した思春期児童における多くの精神症状とその時間経過に伴う変化について、同時に扱うことを深層学習(ディープラーニング)技術により可能とし、精神病理の複雑な変化のパターンとその特徴を検証できた初めての研究です。
◆本研究の知見は、思春期児童の主観的な体験に耳を傾ける重要性と、周囲に助けを求められない苦痛を抱える児童の存在に光を当てることで、社会として思春期児童を支援する枠組みを構築するための土台となることが期待されます。
図1:思春期児童の精神症状と行動の問題の変化パターンを深層学習によりグループ分け
研究の背景
思春期は精神症状や行動上の問題が現れやすい時期ですが、その経過は多様で複雑です。一つひとつの症状が一過性、再発、慢性など多様な経過をたどる上に、それらの症状の併存パターンもまた様々であるため、既存の診断基準に当てはまらない場合もよくあります。そして、精神症状の多様性を捉えようとする枠組みや研究もいくつか提唱されてきましたが、思春期という変化の大きい時期における症状の現れ方、併存のパターン、時間経過に伴う変化の多様性を同時に捉えることはできていませんでした。
研究内容
そこで本研究では、重要な情報を効率よく抽出して多くの症状を同時に扱い、どのような形の軌跡も柔軟に表現できる深層学習(注1)の技術を用いて、思春期児童の精神症状と行動の問題の軌跡をグループ分けすることを試みました。
対象としたのは、思春期の発達について幅広く追跡している東京ティーンコホート研究(注2)に10歳から16歳まで全4回の調査に参加した2,344人の一般の思春期児童です。思春期児童の種々の精神症状と行動の問題を児童本人と養育者がアンケート調査に回答する形で評価しました。
深層学習技術で軌跡のパターンを分類して見出した5つのグループ(図2)は、①問題が最小限の「非影響群」(60.5%)、②持続的または悪化する抑うつ・不安等の問題を示す「内在化(注3)群」(16.2%)、③児童の主観的な問題が養育者に見過ごされた「乖離群」(9.9%)、④持続的な行動の問題等を示す「外在化(注3)群」(9.6%)、⑤様々な症状の領域で慢性的な重度の問題を呈する「重度群」(3.9%)でした。自傷行為と希死念慮のリスクが最も高かった「乖離群」は、周囲に助けを求めようとしない特徴がありました(図3)。
図2:グループごとの精神症状と行動の問題の変化
それぞれの精神症状と行動の問題についてグループごとに平均をとって変化をグラフ化したものです。縦軸は症状・問題の重さで、横軸は年齢です。同じ色の線は同じグループを表しています。これら軌跡の特徴に基づいて5つのグループに名前をつけました。(子)は思春期児童の自己評価、(養)は養育者による評価であることを示しています。黄色の「乖離群」に属する児童はうつ症状と精神病様体験があると回答しているものの養育者は問題を認識しておらず、最も多くの自傷行為や希死念慮を呈していました。
図3:各グループに属する思春期児童と家族の特徴
ある特徴を持っているとどの程度そのグループに属しやすいかを表したグラフです。特徴は主に10歳時の調査で得られたデータを用いています。例えば、強い自閉的特性やいじめ被害の経験を持っている思春期児童は非影響群以外の4つのグループに属している可能性が高いです。乖離群に属することを特異的に予測する特徴は周囲に助けを求める意向がないことでした。
社会的意義・今後の展望
必ずしも精神症状で医療機関にかかっているわけではない一般の思春期児童でも約40%がいずれかの「問題を抱えるグループ」に分類され、中でも主観的苦痛が養育者に見過ごされていた「乖離群」は、自傷行為と希死念慮が最も多く見られることがわかりました。今回の知見は、思春期児童の主観的な体験に耳を傾ける重要性と、周囲に助けを求められない苦痛を抱える児童の存在に光を当てることで、社会として思春期児童を支援する枠組みを構築するための土台となることが期待されます。
深層学習(ディープラーニング)
人間の脳神経細胞の仕組みを再現することで、データの背後にあるルールやパターンを学習するプログラムです。一般的に学習に多くの資源(計算機、電力、時間)を必要とするものの、従来の機械学習などの手法と比べて認識、分類、予測などの課題に対して高い性能を発揮しやすいです。本研究で用いた深層学習のプログラムは、データの背後にある情報の抽出、時間を含む情報の処理、グループ分けという作業を同時に高い性能で行えることが示されています。
東京ティーンコホート
東京大学・東京都医学総合研究所・総合研究大学院大学の3機関が連携して行っている東京都居住の思春期対象者が参加する大規模な疫学研究です。東京都内の3つの自治体(世田谷区、三鷹市、調布市)の住民基本台帳を用いて、2002年9月から2004年8月までの間に生まれた子がいる世帯を無作為に抽出し、長期間にわたる繰り返しの研究への参加について協力が得られた3,171世帯を対象としています。そのため、東京ティーンコホートの対象者は、この世代の一般住民を代表しています。東京ティーンコホートでは、心理状態、認知機能、社会学的背景、および身体に関する尺度といったさまざまな情報を、参加者とその養育者から取得しています。東京ティーンコホートのウェブサイト(http://ttcp.umin.jp)で詳細をご覧いただけます。
内在化・外在化
内在化症状とは、主に自分自身の中に起きるプロセスから特徴づけられ、抑うつ、不安、身体化などが含まれます。外在化症状とは、主に外的な世界における行動から特徴づけられ、反社会的行動、攻撃、行動化などが含まれます。思春期児童の多様な症状や問題の背後にある要素を探る統計学的分析(因子分析)により、内在化と外在化の2つの因子の存在を想定すると症状の現れ方をよく説明できることが示されています。
論文情報
雑誌名:The Lancet Regional Health ―Western Pacific
題名:Identify adolescents’ help-seeking intention on suicide through self- and caregiver’s assessments of psychobehavioral problems: deep clustering of the Tokyo TEEN Cohort study
著者名:Daiki Nagaoka, Akito Uno, Satoshi Usami, Riki Tanaka, Rin Minami, Yutaka Sawai, Ayako Okuma, Syudo Yamasaki, Mitsuhiro Miyashita, Atsushi Nishida, Kiyoto Kasai, Shuntaro Ando* (*責任著者)
DOI:10.1016/j.lanwpc.2023.100979