複数の精神疾患に共通する大脳白質の異常を発見

――統合失調症と双極性障害に共通の異常――

◆本研究では日本全国での多施設共同研究体制のもと、12の研究機関が連携して、4大精神疾患 (統合失調症、双極性障害、自閉スペクトラム症、うつ病)(注1)におけるMRI拡散強調画像(注2)を用いた大脳白質構造(注3)についての大規模解析を行いました。

◆統合失調症と双極性障害における大脳白質領域の異常は似通った病態生理学的特徴をもち、自閉スペクトラム症とうつ病における異常は軽微であり健常者に近い生物学的特徴を有していることがわかりました。

◆本研究の成果は、近年進みつつある精神疾患の客観的診断法の開発に役立つと考えられます。

概要

 国立研究開発法人国立精神・神経医療研究センター(NCNP、東京都小平市、理事長:水澤英洋)精神保健研究所(所長:金 吉晴)精神疾患病態研究部の橋本亮太部長、東京大学医学部附属病院精神神経科の越山太輔医師(留学中)、同科の笠井清登教授(東京大学国際高等研究所ニューロインテリジェンス国際研究機構(WPI-IRCN) 主任研究者)らの研究グループは、認知ゲノム共同研究機構 (COCORO) によるオールジャパンでの多施設共同研究体制のもと、日本全国の12の研究機関から統合失調症 696名、双極性障害 211名、自閉スペクトラム症126名、うつ病(大うつ病性障害)398名、健常者1506名の計2937名のMRI拡散強調画像データを収集し、大脳白質微小構造についての大規模解析を行いました。統合失調症においては、健常者と比較して、鉤状束、脳梁体、帯状束、脳弓のFAの低下やMD、AD、RDの増加(注2、4)が認められました(図1)。

図1.統合失調症の白質異常領域(健常者と比較)
鉤状束、脳梁体、帯状束、脳弓(注4)などの領域のFAの低下とMD、AD、RDの増加を青、MD、AD、RDの増加のみを赤で表示

 次に精神疾患共通及び特異的な異常についての検討を行いました。健常者に比べ、統合失調症、双極性障害、自閉スペクトラム症では大脳白質領域のひとつである脳梁体(注4)に共通してFAの低下もしくはMD、RDの増加が見られ、特に統合失調症と双極性障害では、脳弓や帯状束(注4)のような大脳辺縁系の白質領域に共通してFAの低下もしくはMD、AD、RDの増加が見られました(図2)。一方で、健常者と比べた場合に統合失調症にのみ、鉤状束(注4)のような大脳新皮質同士をつなぐ大脳白質領域にMD、AD、RDの増加が見られることがわかりました。

図2.精神疾患に共通した大脳白質異常
統合失調症と双極性障害では健常者と比べた際にFAの低下やMD、AD、RDの増加が共通する一方で、自閉症スペクトラム症とうつ病では健常者との差異が軽微であり、より健常者に近い大脳白質構造と考えられる。

 しかしながら健常者とうつ病では大脳白質領域に微小構造の違いは見られませんでした。疾患同士での直接比較では、統合失調症と双極性障害との間に大脳白質領域の微小構造の違いは見られませんでした。一方で、統合失調症および双極性障害ではうつ病よりも大脳辺縁系領域でMDとRDが増加しており、これらは統合失調症および双極性障害と健常者との間の違いと同じようなパターンが見られました。以上の結果により、統合失調症と双極性障害は似通った病態生理学的特徴をもち、うつ病は健常者に近い生物学的特徴を有しているかもしれないことが本研究で新たに明らかにされました。また、自閉スペクトラム症では、脳梁体にのみFAの低下が見られたため、自閉スペクトラム症もまた、より健常者に近い生物学的特徴を有しているかもしれないことがわかりました。本研究の成果は、近年進みつつある精神疾患の客観的診断法の開発に役立つと考えられます。

 本研究成果は、日本時間2019年11月29日(金)午前10時に「Molecular Psychiatry」オンライン版に掲載されました。

研究の背景

 統合失調症や、双極性障害、自閉スペクトラム症、うつ病などの主要4大精神疾患は、それぞれの疾患で特有の症状を示す一方で、共通の症状も多く見られます。これらの精神疾患に共通の遺伝的異常についてはこれまでに報告が見られるものの、大脳の灰白質もしくは白質などの病態生理学的な疾患横断的な異常については現状では十分に理解が進んでいるとは言えませんでした。これらの疾患に共通した病態生理学的な異常、もしくは疾患特有の異常を明らかにすることは、より適切で客観的な診断に重要で、ひいては効果の高い新しい治療法の開発に重要な意味を持っています。

 近年、米国を中心とした Enhancing Neuro Imaging Genetics through Meta-Analysis (ENIGMA) Schizophrenia Working Group という国際的な大規模多施設共同研究により、統合失調症と健常者でMRI拡散強調画像データを用いて大脳白質の微小構造を比較し、統合失調症で大脳白質構造である放線冠前部、脳梁体、帯状束、脳弓などの大脳白質の微小構造に異常が見られることが明らかにされました。しかしながら、統合失調症、双極性障害、自閉スペクトラム症、うつ病などの主要4大精神疾患に共通した大脳白質の微小構造異常、もしくは疾患特異的な異常はこれまでに報告がありませんでした。

本研究が社会に与える影響(本研究の意義と展望)

 本研究の成果は、近年進みつつある従来の精神疾患の診断基準の見直しに一石を投じる可能性があります。またこの結果は、精神疾患に共通もしくは特有の病態生理学的異常に関する様々な領域での臨床研究・動物研究を今後発展させる契機となることが見込まれます。それにより、これまでの症候学的な精神疾患の診断基準に、生物学的な指標が加えられることが予想されます。そしてより適切で客観的な診断体系が確立され、より効果的な治療法の開発の礎となることが期待されます。

特記事項

 本研究は、COCOROに参加する多数の研究機関による多施設共同研究です(図3)。COCOROは、国内39研究機関で構成されており、精神医学領域の認知機能、脳神経画像、神経生理機能などの中間表現型と遺伝子解析を組み合わせた臨床研究を中心に行い、さらに基礎神経分野とのトランスレーショナル・リサーチを推進し、精神疾患の病因・病態を解明することにより、精神医療へ還元することを目指しています。臨床研究においては、単施設の少数例による成果が今までも多数報告されていますが、再現性に乏しく、多施設多数例を用いて臨床応用に結び付ける研究がなされていないことが問題とされていました。精神医学研究領域において、このような多施設共同研究体制が整ったことから、今後の研究のさらなる発展が期待されます。

図3.国内39研究機関で構成されるCOCORO

用語解説

4大精神疾患 (統合失調症、双極性障害、自閉スペクトラム症、うつ病(大うつ病性障害))

統合失調症: 約100人に1人が発症する精神障害です。思春期青年期の発症が多く、幻覚・妄想などの陽性症状、意欲低下・感情鈍麻などの陰性症状、認知機能障害等が認められ、多くは慢性・再発性の経過をたどります。社会的機能の低下を生じ、働くことが困難で自宅で闘病する患者が多いだけでなく、日本の長期入院患者の約70%が統合失調症です。

双極性障害: 約100人に2-3人が発症する精神障害です。うつ状態に加え、うつ状態とは対極の躁状態も現れ、これらをくりかえし、慢性に経過することが多いです。躁状態では、気分が高揚し、不眠となって極端に活発となり、妄想や易怒性が見られ、社会機能の障害を引き起こします。

自閉スペクトラム症: 約100人に1-2人がもつ精神障害です。相互的な対人関係の障害、コミュニケーションの障害、興味や行動の偏りやこだわりの3つの特徴が現れます。その特徴によって周囲と軋轢が生じ、二次性の精神障害が生じることがしばしばみられます。

うつ病(大うつ病性障害): 約100人に3-16人が発症する精神障害です。抑うつ症状、興味や喜びの減退、不眠、食欲不振、不安・焦燥、意欲低下、罪悪感、思考力の減退などが認められ、うつ状態となって社会機能の障害を引き起こします。

MRI拡散強調画像

MRIとはMagnetic Resonance Imaging (核磁気共鳴画像法)の略です。磁気を利用して体内を撮像し、放射線被曝がなく安全な検査装置であり、医療現場で広く利用されています。拡散強調画像は、MRIの撮像法の一つで、水分子の拡散運動を画像化したものです。大脳白質における神経線維の走行の乱れなどを鋭敏に検出することができます。

大脳白質の微小構造の拡散強調画像の指標として、FA、MD、AD、RDがあります。FAは大脳白質の微小構造の異常の代表的な指標(FAが低いほど神経線維が走る方向への情報伝達の効率が悪くなっていると考えられています)、MDもFAに似た指標ですが一般的にMDが高いほど神経線維が走る方向への情報伝達の効率が悪くなっていると考えられています。ADは軸索の障害を示す指標となりうるとされていますがまだはっきりしたことはわかっていません。RDは髄鞘(ずいしょう、注3参照)の障害を推定する指標(RDが高いほど神経線維を保護する髄鞘が障害されている)と考えられています。

大脳白質構造

大脳白質(はくしつ)とは、神経細胞(ニューロン)の神経線維が集積して走行している領域です。大脳灰白質には、神経細胞の細胞体があります。その細胞体に連なる神経線維部分(軸索)が白質に該当し、大脳灰白質や脊髄の細胞体に連絡して、信号を連絡する役目を担います。大脳白質領域では、神経線維(軸索)は髄鞘(ずいしょう)によって保護されます。髄鞘の脂質含有率が高いことから白く輝くため、白質とよばれます。

鉤状束、脳梁体、帯状束、脳弓

鉤状束、脳梁体、帯状束、脳弓は、大脳白質構造の一部です。鉤状束は前頭葉と側頭葉をつなぐ役割を担う領域です。前頭葉は思考や判断・情動や動機付けに関連し、側頭葉は記憶力、言語機能、聴覚情報の認識に関連する部位で、ともにヒトの高次脳機能を担う中枢です。脳梁は左右の大脳灰白質を広範囲にわたって中継する大きな構造物であり、記憶力、注意力、言語機能などに関連します。脳梁体は脳梁の中央に位置する領域です。帯状束は脳梁の背面に沿って走行し、帯状回という左右の大脳の溝の内側に位置する部位と、記憶の中枢である海馬を含む大脳辺縁系とをつなぐ役割を担い、学習や記憶に関連します。大脳辺縁系は感情の形成と処理に重要な部位です。脳弓は脳梁の下に位置し、海馬体から出て乳頭体という部位に至る線維であり、脳の深部で大脳辺縁系の複数の領域をつないでいます。脳弓もまた記憶や感情の形成に大きな役割を持つ構造物です。

                                      

論文情報

雑誌名:Molecular Psychiatry

題名:White matter microstructural alterations across four major psychiatric disorders: mega-analysis study in 2937 individuals

著者名:Koshiyama D, Fukunaga M, Okada N, Morita K, Nemoto K, Usui K, Yamamori H, Yasuda Y, Fujimoto M, Kudo N, Azechi H, Watanabe Y, Hashimoto N, Narita H, Kusumi I, Ohi K, Shimada T, Kataoka Y, Yamamoto M, Ozaki N, Okada G, Okamoto Y, Harada K, Matsuo K, Yamasue H, Abe O, Hashimoto R, Takahashi T, Hori T, Nakataki M, Onitsuka T, Holleran L, Jahanshad N, van Erp TG, Turner JA, Donohoe G, Thompson PM, Kasai K, Hashimoto R, COCORO.

DOI:10.1038/s41380-019-0553-7

URLhttps://www.nature.com/articles/s41380-019-0553-7