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脳体積による精神疾患の新たな分類を提案
ーー認知・社会機能と関連、精神疾患の新規診断法開発への発展に期待ーー
◆本研究では日本全国での多施設共同研究体制のもと、14 の研究機関が連携して、4 大精神疾患 (統合失調症、双極性障害、大うつ病性障害、自閉スペクトラム症)における MRI 脳構造画像を用いた大脳皮質下領域構造についての大規模解析を行いました。
◆大脳皮質下領域構造の体積によるデータ駆動型の新たな分類を提案し、この分類が認知機能および社会機能と関連することを見出しました。
◆本研究の成果は、近年進みつつある精神疾患の新たな客観的診断法の開発に役立つと期待されます。
概要
国立研究開発法人国立精神・神経医療研究センター(NCNP)精神保健研究所精神疾患病態研究部の橋本亮太部長、東京大学国際高等研究所ニューロインテリジェンス国際研究機構(WPI-IRCN)の岡田直大特任准教授、東京大学大学院医学系研究科精神医学分野/医学部附属病院精神神経科の笠井清登教授(WPI-IRCN主任研究者)らの研究グループは、認知ゲノム共同研究機構 Cognitive Genetics Collaborative Research Organization (COCORO) (特記事項に詳細あり)によるオールジャパンでの多施設共同研究体制のもと、日本全脳体積による精神疾患の新たな分類を提案認知・社会機能と関連、精神疾患の新規診断法開発への発展に期待2国⽴研究開発法⼈ 国⽴精神・神経医療研究センター(NCNP)国の 14 の研究機関において、4 大精神疾患(統合失調症、双極性障害、大うつ病性障害、自閉スペクトラム症)の患者・当事者と健常者の計 5604 名(統合失調症1500 名、双極性障害235 名、大うつ病性障害 598 名、自閉スペクトラム症 193 名、健常者 3078 名)より MRI 脳構造画像データを収集し、大脳皮質下領域構造についての大規模解析を行いました。まず、各疾患における大脳皮質下領域構造の体積の特徴を調べました。健常者と比較して、統合失調症、双極性障害、大うつ病性障害において側脳室の体積が大きく、統合失調症、双極性障害において海馬の体積が小さく、さらには統合失調症において、扁桃体、視床、側坐核の体積が小さく、尾状核、被殻、淡蒼球の体積が大きいことを見出しました(図 1)。これらの結果は、米国の Enhancing Neuroimaging Genetics through Meta‒Analysis(ENIGMA)コンソーシアムより報告されていた多施設大規模研究の結果を概ね再現しました。次に、計 5604 名について大脳皮質下領域構造の体積によるクラスタリング解析を実施し、4つの類型(脳バイオタイプ)に分類されることを見出しました(図2)。またこの分類は、認知機能および社会機能と関連しました。本研究の成果は、近年進みつつある精神疾患の客観的診断法の開発に役立つと考えられます。
図 1. 4 大精神疾患における大脳皮質下領域構造の体積
図 2. 大脳皮質下領域構造の体積による 4 つの類型(脳バイオタイプ)
研究の背景
精神科の臨床現場において、鑑別診断が困難であることが時にあります。これは、患者・当事者本人の主観的な訴えとしての症状や徴候に基づく診断基準を利用していることと 関連しています。こうした背景から、客観的なバイオマーカーを利用した新たな診断基準の創出が期待されています。これまでの脳神経画像研究やその他の研究から、大脳皮質下領域構造がさまざまな心理行動学的機能において中心的な役割を果たしていることがわかっています。しかしながら、現行の診断基準の限界点を乗り越える、認知・社会機能を反映するような脳神経画像データ駆動型の臨床的診断基準は、これまでにありませんでした。
本研究が社会に与える影響(本研究の意義と展望)
本研究の成果は、近年進みつつある従来の精神疾患の診断基準の見直しに一石を投じ、生物学的データ駆動型の新たな精神科診断基準の創出につながる可能性があります。こうした取り組みは、精神科の臨床現場において、患者・当事者の方々の予後予測や治療法選択に役立つものと期待されます。また、大脳皮質下領域構造の体積の違いが生じる時期やメカニズム、臨床的な転帰との関連に関して、今後さらに調査する必要があります。そうした調査のための、ヒトを対象としたさまざまな研究や、動物モデルを用いたトランスレーショナル・リサーチの発展に、本研究が寄与するものと期待されます。
特記事項
本研究は、COCORO に参加する多数の研究機関による多施設共同研究です(図3)。COCORO は、国内 43 研究機関で構成されており、精神医学領域の認知機能、脳神経画像、神経生理機能などの中間表現型と遺伝子解析を組み合わせた臨床研究を中心に行い、さらに基礎神経分野とのトランスレーショナル・リサーチを推進し、精神疾患の病因・病態を解明することにより、精神医療へ還元することを目指しています(https://byoutai.ncnp.go.jp/cocoro)。臨床研究においては、単施設の少数例による成果が今までも多数報告されていますが、再現性に乏しく、多施設多数例を用いて臨床応用に結び付ける研究がなされていないことが問題とされていました。精神医学研究領域において、このような多施設共同研究体制が整ったことから、今後の研究のさらなる発展が期待されます。
図 3. 国内 43 研究機関で構成される COCORO
4 大精神疾患 (統合失調症、双極性障害、大うつ病性障害、自閉スペクトラム症)
・統合失調症: 約 100 人に 1 人が発症する精神疾患です。思春期青年期の発症が多く、幻覚・妄想などの陽性
症状、意欲低下・感情鈍麻などの陰性症状、認知機能障害等が認められ、多くは慢性・再発性の経過をたどりま
す。社会的機能の低下を生じ、働くことが困難で自宅で闘病する患者が多いだけでなく、日本の長期入院患者の
約 70%が統合失調症です。
・双極性障害: 約 100 人に 2-3 人が発症する精神疾患です。うつ状態に加え、うつ状態とは対極の躁状態も現
れ、これらをくりかえし、慢性に経過することが多いです。躁状態では、気分が高揚し、不眠となって極端に活発と
なり、妄想や易怒性が見られ、社会機能の障害を引き起こします。
・大うつ病性障害: 約 100 人に 3-16 人が発症する精神疾患です。抑うつ症状、興味や喜びの減退、不眠、食
欲不振、不安・焦燥、意欲低下、罪悪感、思考力の減退などが認められ、うつ状態となって社会機能の障害を
引き起こします。
・自閉スペクトラム症: 約 100 人に 1-2 人がもつ精神疾患です。相互的な対人関係の障害、コミュニケーションの
障害、興味や行動の偏りやこだわりの 3 つの特徴が現れます。その特徴によって周囲と軋轢が生じ、二次性の精
神障害が生じることがしばしばみられます。
MRI 脳構造画像
MRI とは Magnetic Resonance Imaging (磁気共鳴画像法)の略です。磁気を利用して体内を撮像し、放射線被
ばくがなく安全な検査装置であり、医療現場で広く利用されています。MRI 脳構造画像は、200 枚程度の断層写
真の撮像により脳の立体的な形状を知ることができ、脳の部位の体積を算出することが可能です。
大脳皮質下領域構造
大脳の深部にある構造で、海馬、扁桃体、視床、側坐核、尾状核、被殻、淡蒼球などが含まれ、系統発生的に
古いとされる領域です。運動機能や記憶・情動・意欲などに関与するとされています。
論文情報
雑誌名::Molecular Psychiatry
題名:Subcortical volumetric alterations in four major psychiatric disorders: A mega-analysis study of 5604 subjects and a volumetric data-driven approach for classification.
著者名:Okada N, Fukunaga M, Miura K, Nemoto K, Matsumoto J, Hashimoto N, Kiyota M, Morita K, Koshiyama D, Ohi K, Takahashi T, Koeda M, Yamamori H, Fujimoto M, Yasuda Y, Hasegawa N, Narita H, Yokoyama S, Mishima R, Kawashima T, Kobayashi Y, Sasabayashi D, Harada K, Yamamoto M, Hirano Y, Itahashi T, Nakataki M, Hashimoto RI, Tha KK, Koike S, Matsubara T, Okada G, van Erp TGM, Jahanshad N, Yoshimura R, Abe O, Onitsuka T, Watanabe Y, Matsuo K, Yamasue H, Okamoto Y, Suzuki M, Turner JA, Thompson PM, Ozaki N, Kasai K, Hashimoto R.
DOI:10.1038/s41380-023-02141-9