統合失調症や双極性障害の男性患者ではセロトニン関連遺伝子のDNAメチル化状態が変化

◆統合失調症患者および双極性障害患者において、神経伝達物質の伝達量を調節するセロトニントランスポーター遺伝子にDNAメチル化※1変化が起きていることを、末梢血の解析で確認しました。

◆これらの疾患におけるDNAメチル化の変化は、性別および遺伝子のタイプ(遺伝子多型)と有意に関連し、高メチル化は脳の扁桃体体積と逆相関を示しました。

◆セロトニントランスポーターのエピジェネティックな状態を標的とした精神疾患治療薬や診断マーカーの開発が期待されます。

概要

熊 本 大 学 大 学 院 生 命 科 学 研 究 部 分 子 脳 科 学 講 座 ・文 東 美 紀 准 教 授 、岩 本 和也教授および東京大学医学部附属病院精神神経科・池亀天平助教、笠井清登教授らの研究グループは、国内多施設共同研究により、統合失調症や双極性障害患者の血液では、セロトニントランスポーター遺伝子の特定のゲノム領域が高いメチル化状態を示すことを明らかにしました。また、高いメチル化状態は男性およびセロトニントランスポーター遺伝子のプロモーター領域※2における低活性型の遺伝子多型を持つ患者で顕著に見 られ、脳の扁桃体※3の体積と逆相関することを見出しました。さらに、人工的にメチル化した遺伝子のゲノム領域では、転写活性がほぼ完全に抑制されることを示しました。

セロトニントランスポーターは、脳 神経細 胞のシナプス間隙で神経伝達 物資セロトニン濃 度の調 節を行 っており、抗うつ薬の主 要な標的分子であると考えらています。今回、研究グループは、セロトニントランスポーター遺伝子のプロモーター領域における遺伝子多型 である5-HTTLPRが、エピジェネティックな状 態 であるDNAメチル化状態と関連し扁桃体の形態変化を通して精神疾患の病態に関係している可能性を明らかにしました。
本成果により、統合失調症や双極性障害の病態に関する理解が進み、エピジェネティックな状態を標的とした治療薬や診断・治療マーカーの開発など、多方面での応用が期待されます。
本 研 究 成 果 は、令 和2年6月19日付(日 本 時 間 )の国際科学誌「SchizophreniaBulletin」において公開されます。

研究の背景

 統合失調症や双極性障害は、人口の約 1%が罹患し長期間の治療が必要とされる重篤な精神疾患です。過去の疫学研究から、発症には遺伝要因と環境要因の複雑な相互作用が関係していると考えられていますが、確実な遺伝要因は同定されていません。
 近年、「エピジェネティクス」という現象を通して、環境要因により遺伝子の働き(発現 )が変 化 することが注 目 されています。エピジェネティクスは「遺伝子の塩基配列(設計図)の変化を伴わずに、子孫や娘細胞に伝達される遺伝子発現調節機構」と定義され、DNA メチル化などの化学修飾により遺伝子の発現が制御されています。
本研究グループは、過去に双極性障害患者での DNA メチル化解析により、セロトニントランスポーター遺伝子内の2つの特定の部位(CpG3 および CpG4)(図 1A)が高いメチル化状態を示すことを報告しました(菅原ら, Transl Psychiatry 2011)。本研究では、過去に同定したこの CpG 部位について大規模な追試実験を行い、また、新たに統合失調症患者での検討も行い、セロトニントランスポーター遺伝子の DNAメチル化が病態に与える影響について、包括的な検討を行いました。
 セロトニントランスポーターは、神経伝達物質をやりとりするシナプス間隙において神経伝達物質セロトニンの濃度調節を行っている蛋白質です。セロトニントランスポーターを標的とした薬剤は、抗うつ薬として広くうつ病や不安障害の治療に用いられており、精神疾患の病態に深く関わる分子の一つと考えられています。また、この遺伝子のプロモーター領域には、5-HTTLPR と呼ばれる遺伝子多型があり、うつ病をはじめとした精神疾患との関連解析が多数行われてきました。多型のタイプが L(long)型である場合、遺伝子の働きが強くなり多くのセロトニントランスポーターが産生され、S(short)型である場合は少なく産生されます。人は大まかにこの2種 類 の組み合わせである L/L、S/L、S/S のいずれかの型を持ちます。解析の結果、S 型を持 つと不 安 傾 向 が強 く、よりうつ病 に罹患しやすいとされ、大きな話題 となりました( Capsi ら 、Science 2003 )。しかし、近年の大規模な研究により精査され、5-HTTLPRの遺伝子多型と精神疾患の単純な関係は明確に否定されています。

研究の内容及び成果

 双極性障害患者 450 例、統合失調症患者 440 例、健常者 460 例について、血液(末梢血)から抽出したゲノム DNA を用いて、セロトニントランスポーター遺伝子のDNA メチル化状態を測定しました。その結果、双極性障害患者および統合失調症患者のセロトニントランスポーターCpG3 部位について、男性患者において高メチル化状態にあることを確認しました(図 1B・C)。なお、小型の霊長類であるマーモセットに、抗精神病薬を長期投与し、そのセロトニントランスポーター遺伝子の DNA メチル化状態を測定したところ、メチル化変化は検出されなかったことから、双極性障害患者および統合失調症患者におけるメチル化変化は、投薬の影響を受けたものではないことが推定されます。
 また、セロトニントランスポーター遺伝子のプロモーター領域における遺伝子多型5-HTTLPR の詳細な解析を行ったところ、双極性障害患者および統合失調症患者において 5-HTTLPR が低活性型である場合、高メチル化を示すことを確認しました。なお、多型のタイプが日本人特有の L 型である L16-C である場合、低活性型であることを確認しました。次に、セロトニントランスポーター遺伝子の CpG3 部位を人工的にメチル化し転写活性化能を測定したところ、メチル化したセロトニントランスポーター遺伝子では、転写活性化能が著しく抑制され、セロトニントランスポーター蛋白質の生成が抑制されることを見出しました(図 2B)。
 さらに、年齢・性別を適合させた健常者 41 例、統合失調症患者 57 例について、セロトニントランスポーターの働きが強く、過去に DNA メチル化状態との関連が報告されている扁桃体について MRI 脳画像を用いた解析を行いました。その結果、低活性型 5-HTTLPR を持つ男性患者の左扁桃体の体積と、CpG3 の DNA メチル化率が逆相関を示すことを見出しました(図 3)。
 以上のことから、低活性型 5-HTTLPR を持つ男性統合失調症患者では、セロトニントランスポーターが高メチル化状態にあり、セロトニントランスポーター量の低下を通して扁桃体体積の減少が生じている可能性が示唆されました。

今後の展望

 本研究によりセロトニントランスポーター遺伝子の特定の部位 は、統合失調 症や双極性障害の男性患者において高メチル化状態にあり、扁桃体の体積変化と関連していることが示されました。今後、発症予測や診断、治療効果判定などのバイオマーカーとしての応用が期待されるとともに、分子病態の解明の糸口になると考えられます。

図1:セロトニントランスポーター遺伝子の DNA メチル化変化
A)セロトニントランスポーター遺伝子の構造とメチル化解析を行った CpG 部位。図中、転写
は右から左に行われプロモーター領域に 5-HTTLPR 多型が存在する。ボックスはエクソン
領 域 を示 し、黒 は蛋 白 質 をコードしていない部 分 、白 は蛋 白 質 をコードしているエクソン領
域を示す。 B)男性双極性障害患者(男性 BD)と男性健常者(男性 CT)の CpG3 におけるメ
チル化比較 C) 男性統合失調症患者(男性 SZ)と男性 CT の CpG3 におけるメチル化比
較 * P < 0.05(マン・ホイットニーの U 検定)

図2:レポーターアッセイによる CpG3 メチル化の機能的解析
A)CpG 部位を人工的にメチル化させ蛍光標識した DNA 鎖(レポーターコンストラクト)を神
経系細 胞 株に導 入 して、発 光 蛋 白 質の活 性を測 定 することにより転 写 活 性 化 能を測 定 。
B)メチル化されると転写活性化能は失われる。

図 3:CpG3 の DNA メチル化率と左扁桃体体積の関連
低活性型 5-HTTLPR を持つ統合失調症患者では左扁桃体の体積と CpG3 のメチル化率が有意に逆相関する。

縦軸:全脳に対する左扁桃体体積の割合(%) 横軸:CpG3 のメチル化率(%)

用語解説

DNA メチル化

シトシン塩基とグアニン塩基が連続しているCpG 配列と呼ばれる部位のシトシン塩基の炭素にメチル基(-CH3)が付加されている状態。主に遺伝子の発現を抑制する方向に働く。

プロモーター領域

DNA上で、蛋白質生成に必要なRNAへの「転写」が開始される領域。

偏桃体

両側側頭葉内側に存在する神経細胞の集合体。不安や恐怖といった情動反応において主要な役割を担う脳領域。

                                      

論文情報

雑誌名:Schizophrenia Bulletin

題名:Promoter activity-based case-control association study on SLC6A4 highlighting hypermethylation and altered amygdala volume in male patients with schizophrenia

著者名:Tempei Ikegame†, Miki Bundo†, Naohiro Okada, Yui Murata, Shinsuke Koike,Hiroko Sugawara, Takeo Saito, Masashi Ikeda, Keiho Owada, Masaki Fukunaga,Fumio Yamashita, Daisuke Koshiyama, Tatsunobu Natsubori, Norichika Iwashiro,Tatsuro Asai, Akane Yoshikawa, Fumichika Nishimura, Yoshiya Kawamura, Jun Ishigooka, Chihiro Kakiuchi, Tsukasa Sasaki, Osamu Abe, Ryota Hashimoto, Nakao Iwata, Hidenori Yamasue, Tadafumi Kato, Kiyoto Kasai, Kazuya Iwamoto*
(†同等貢献、*責任著者)