統合失調症の発症早期における聴覚関連脳波応答の特徴が明らかに

◆1 秒につき数十回の音刺激を連続して聞く際に生じる聴覚ガンマオシレーションという脳波反応が、精神病発症の可能性が高い方(ハイリスク)と統合失調症を発症して早期の患者で低下していること、また、統合失調症発症早期の患者では幻聴症状の強さと関連していることを明らかにしました。

◆発症から時間が経過した慢性期の患者では自発ガンマオシレーションの上昇と同時に、聴覚ガンマオシレーションが低下することが知られていましたが、発症早期の患者では自発ガンマオシレーションは変化せず、聴覚ガンマオシレーションのみ低下することを世界で初めて発見しました。

◆本研究成果は、統合失調症の発症や経過のメカニズム理解に役立つ可能性があり、今後の診断、治療法開発研究への応用が期待されます。

精神病ハイリスクの方と統合失調症発症早期の患者で聴覚ガンマオシレーションが低下

概要

 東京大学相談支援研究開発センターの多田真理子講師、東京大学医学部附属病院精神神経科の笠井清登教授らの研究グループは、精神病ハイリスクの方と統合失調症発症早期の患者で、聴覚ガンマオシレーション(注 1)が低下する一方、自発ガンマオシレーションは変化しないことを明らかにしました(図 1)。さらに聴覚ガンマオシレーションは、統合失調症発症早期の患者で、幻聴症状の強さと関連していました。

図 1:精神病ハイリスクの方と統合失調症発症早期の患者で、聴覚ガンマオシレーションが低下
聴覚ガンマオシレーションが健常対象者に比較して、精神病ハイリスクの方と統合失調症発症早期の患者で低下していました。ITC(inter-trial phase coherence)は聴覚ガンマオシレーションの位相同期の強さを示す値です。

 ガンマオシレーションは、神経細胞が発する信号のひとつで、脳の情報処理基盤に関わると考えられており、精神疾患で変化することが知られていました。中でも、音を聞かせた時にみられる聴覚ガンマオシレーションは、統合失調症で低下していることが知られる一方、音刺激と直接関連せず、脳から自然発生したガンマオシレーション(自発ガンマオシレーション)は上昇しているという報告があり、それぞれ異なる病態を示していると考えられていましたが、その関係は十分にわかっていませんでした。特に、発症早期の患者で、聴覚ガンマオシレーションと自発ガンマオシレーションがどのように変化しているのかは知られておらず、病状との関連は不明でした。
 この結果は、統合失調症の発症や進行のメカニズム理解に役立つ可能性があり、今後の診断、治療法開発研究への応用が期待されます。
 なお、本研究は米国科学誌「Translational Psychiatry」(オンライン版:6 月 27 日)に掲載されました。

研究の背景

 ガンマオシレーションは、神経細胞が発する信号のひとつで、脳の情報処理基盤に関わります。ガンマオシレーションの発生には、神経細胞の抑制性信号と興奮性信号のバランスが関連すると考えられており、これらのバランスが崩れることが精神疾患病態の一因である可能性が示唆されてきました。中でも、音を聞かせた時にみられる聴覚ガンマオシレーションは、統合
失調症で低下していることが知られる一方、音刺激と直接関連せず、脳から自然発生したガンマオシレーション(自発ガンマオシレーション)は上昇しているという報告があり、それぞれ異なる病態を表していると考えられてきましたが、その関係は十分にわかっていませんでした。特に、発症早期の患者で、聴覚ガンマオシレーションと自発ガンマオシレーションがどのように変化しているのかは知られておらず、病状との関連は不明でした。自発ガンマオシレーションの上昇は、疾患モデル動物(注 2)で再現されることがよく知られており、慢性期の患者のみではなく、発症早期の患者で変化しているのかどうかが注目されていました。

研究内容

 本研究グループは、発症早期の患者を対象に、聴覚ガンマオシレーションと自発ガンマオシレーションの変化について、次のような方法で調べました。統合失調症を発症して 5 年以内の統合失調症の早期段階の患者(19 名)、精神病ハイリスク
の方(27 名)と健常対象者の方(31 名)を対象に、研究用の高密度脳波計を用いて、1 秒につき数十回の音刺激を連続して聞く際に生じる脳波応答を計測しました。この研究は東京大学大学院医学系研究科・医学部倫理委員会で審査を受けた後、東京大学医学部附属病院で診療を受けている方のうち、当研究について説明し自由意志に基づき参加にご協力いただいた方を対象に行いました。
 その結果、精神病ハイリスクの方と統合失調症発症早期の患者で、聴覚ガンマオシレーションが低下する一方、自発ガンマオシレーションは変化しないことを明らかにしました(図 1)。さらに聴覚ガンマオシレーションは、統合失調症発症早期の患者で、幻聴症状の程度と関連していました(図 2)。自発ガンマオシレーションは、慢性期の患者や疾患モデル動物で上昇することが知られていましたが、今回の結果により発症早期の患者では、聴覚ガンマオシレーションの低下の方が自発ガンマオシレーションの変化より先に生じることが初めて明らかになりました。

図 2:聴覚ガンマオシレーションと幻聴症状の関連
聴覚ガンマオシレーション(ITC)は、統合失調症発症早期の患者で幻聴症状が強いほど低下していました。

社会的意義・今後の展望

 今回の研究で、聴覚ガンマオシレーションが、発症早期の病態と強く関連することを明らかにしました。また、聴覚ガンマオシレーションと幻聴の関連も見出しました。聴覚ガンマオシレーションは神経細胞の抑制性信号と興奮性信号のバランスが関連すると考えられており、今回の結果は、疾患の発症や進行のメカニズムを理解することに役立つ可能性があり、今後の診
断、治療法開発研究への応用が期待されます。

用語解説

聴覚ガンマオシレーション

ガンマオシレーションは神経細胞が発する信号のひとつです。今回の研究では、聴性定常反応(Auditory steady-state response:ASSR)と呼ばれる脳波信号について調べました。これは、音を一定の頻度周波数で聞かせた時に、その周波数に脳波信号が同調する現象で、特に 40Hz(ガンマ帯域)の頻度で音を聞かせた時に、信号が大きくなり、聴覚ガンマオシレーションとよばれます。

疾患モデル動物

ヒトの病態の分子メカニズム等を明らかにし、診断や治療開発に役立てるために、薬物投与や遺伝子改変などの操作によって疾患に類似した状態を作出した実験動物。

                                      

論文情報

雑誌名:Translational Psychiatry
題名: Alterations of auditory-evoked gamma oscillations are more pronounced than alterations of spontaneous power of gamma oscillation in early stages of schizophrenia

著者名:Mariko Tada*, Kenji Kirihara, Daisuke Koshiyama, Tatsuya Nagai, Mao Fujiouka, Kaori Usui, Yoshihiro Satomura, Shinsuke Koike, Kingo Sawada, Jun Matsuoka, Kentaro Morita, Tsuyoshi Araki, Kiyoto Kasai

DOI: 10.1038/s41398-023-02511-5