領域代表あいさつ

思春期は、人間が社会との交流を通じて自我を育み、人間性を形成するために極めて重要なライフステージです。長い思春期は、進化史上人間に特徴的であり、これは、大脳皮質のなかで最後に前頭前野が成熟することと対応しています。近年、従来の成人のこころ・脳の研究に加えて、赤ちゃんや子供のこころ・脳の研究が進展してきましたが、思春期はこれらの狭間で研究対象となってきませんでした。身体発達上、健康度の非常に高い時期であるため、精神の発達も健康な時期であるとの誤解があったのです。しかしながら、精神疾患の大半が思春期に発症することや、日本では思春期・青年期の死因の1位が自殺であるなど、思春期は精神の健康にとっても危機であることがわかってきました。

人間は、進化過程で発達した前頭前野を活用して自我機能を成立(自己像を形成)させ、自分自身の精神機能さらには脳機能を自己制御する、「精神機能の自己制御性」を持つに至りました。人間は、思春期にこの自己制御機能を用いて、自己を形成し、発展させるのです。「汝自身を知れ」との言葉にあるように、自己制御は、古より哲学の重要テーマでしたが、こうした再帰性・自己参照性を持つ概念は、脳の分子メカニズムの解明を重視する還元主義的な脳科学では扱うことが困難でした。この自己制御性を成熟させるためのライフステージである思春期が研究対象となってこなかったのは、最後の砦としていわば必然だったのです。

本領域は、分野横断的な研究者の連携により、「思春期」「自己制御」をキーコンセプトとした、新しい総合人間科学を創出します。思春期コホートからのエビデンスによる提言や具体的な支援策の開発を通じて社会に貢献することを目標とします。脳科学は、認知脳⇒情動脳⇒社会脳と進展してきましたが、それらを統合する「自我脳」「青春脳」といったキャッチフレーズで、本領域が科学の新たな潮流として研究者のみならず市民の方々にも親しまれるよう努力して参ります。将来の日本を支える若者一人一人の人間性の形成、こころの健康、そして幸福が大切にされる、人間らしい社会の実現に貢献したい・・・私自身が思春期から現在に至るまで科学者として、精神科医として発展させて参りました願いを込めて、本領域を提案させていただきます。

笠井清登
東京大学大学院医学系研究科