領域概要

概要

人間の脳がつむぎ出す精神機能の最大の特長は、高度な言語能力と社会性の上に自我が成立し、その精神機能が再帰的に制御可能な点にある。これによって人間は自ら脳機能を制御し、意識的な自己発展を図ることができる。

この«自己制御精神»は、進化の過程でヒト前頭葉が格段に発達した中で獲得されたものであり、個体においても前頭葉が成熟する思春期に確立する。思春期とは、社会環境に適応した自己を形成するための極めて重要なライフステージであり、ここでの発達の歪みは現代の若年層に見出される深刻なこころの問題や社会病理に多大な影響を及ぼす。

本領域は、人間における自己制御精神の成立、思春期における発達過程を個人・集団レベルで解明し、分子から社会までの統合的・学際的アプローチによって«思春期における自己制御精神の形成支援»を目指す、新たな人間科学を確立する。

領域概要

A01 集団研究 思春期の自己制御性の形成過程

ヒトは、自己意識を持ち、さまざまな状況を一段上のレベルから俯瞰して考察する「メタ認知」(feeling of knowing)を持ち、それを十分駆使して生活する、おそらく唯一の動物である。この精神機能の自己制御性は、ヒトの高次精神機能の基盤であり、それは前頭葉が成熟する思春期に確立する。思春期は、子ども期とともに他の霊長類の生活史にはない期間であり、自分の周囲の社会環境に適応した自己を形成するための極めて重要なライフステージである。ここでの発達の歪みは、現代の若年層に見出される深刻なこころの問題や社会病理に多大な影響を及ぼし、それが成人における精神疾患に波及して社会全体に多大な損害をもたらす。

本計画研究は、思春期における精神機能の自己制御性の形成過程を解明するため、10代の地域標本からなるティーンコホートを対象に、精神医学、心理学、行動学的な調査を行う。その際、ヒトの進化における思春期の特殊性に着目し、進化心理学・人間行動生態学からの仮説と神経経済学のパラメータを導入し、発達パターンの集団内変異の幅を測定するとともに、自己制御の発達におけるどのような要因が、その後の精神機能自己制御に影響を及ぼすかを検討する。

心的表象が思春期にどのように発達するのかを調べるため、メタ認知による制御を受けると考えられる、時間、確率、対人的距離(社会的距離)や報酬・罰の価値の心的表象を心理物理学的に計測し、自己制御におけるメタ認知の役割を神経経済学の観点から分析する。これは、進化学、人類学、心理学、認知行動科学、神経経済学、精神医学が知見を集結する、極めて総合人間科学的な集団研究であり、その成果から、思春期の発育のための具体的支援方法が考案できる。

思春期は人間性形成に最重要なライフステージ

思春期は人間性形成に最重要なライフステージ

A02 個体研究 メタ認知・社会行動の発達にもとづく自己制御

われわれ人間は、メタ認知機能(自分自身の認知・行動を対象化し、自己像として認識すること)という精神機能的特徴を持つ。メタ認知機能は、人間の精神機能が社会環境と双方向的なつながりを持つ中から発生し、他者や環境を対象とする社会認知機能と並んで、ヒト知性の根源をなす社会的適応能力の基盤と考えられている。

しかし、社会的適応能力をもつ生物はヒト以外にも数多く存在し、それぞれが種特有の社会認知機能を持っている。ただし、ヒトのメタ認知機能のような自己との言語的対話形式での高度な自己相互作用が可能な生物はヒトをおいて他に存在しない。つまり、単なる社会的適応機能の獲得には社会認知機能は必須である一方、メタ認知機能は必須ではないと言える。このことは、ヒト知性の仕組みを理解する戦略として、社会認知機能とメタ認知機能の両面から迫り、その後に両者を統合することで説明可能であることを示唆する。

社会的適応能力は、社会環境文脈に応じて行う適応的自己制御の脳内メカニズムと言い換える事ができる。それを支えるのは人間で格段の進化を遂げた前頭前野や頭頂葉などの連合野である。人間は、自己制御の精神機能とそれを支える連合野を成熟させるために、ライフステージ上、他の動物に比べて格段に長い子ども期および思春期を持つに至った。しかし、その思春期特有の精神機能発達に注目し、自らが生み出した言語や社会を通じて再帰的に自己制御する適応的能力ついての研究は依然手つかずの状態である。

本研究課題では、神経科学、認知科学、言語学の融合により、精神機能の自己制御とその思春期発達の神経基盤を明らかにするという極めて先駆的な研究を行う。これは、自己制御の内外過程であるメタ認知・社会認知機能に注目し、動物とヒトを対象とした比較認知科学的アプローチを用いて社会適応的自己制御の神経基盤とその思春期発達を明らかにするものである。

自己制御を通じた自己の形成・発展をモデル化

自己制御を通じた自己の形成・発展をモデル化

A03 個体研究 統合的アプローチによる自己制御の形成・修復支援

精神機能の自己制御性は、自己の精神機能をメタ認知(自己の認知を認知すること)することにより再帰的に制御し、発展的に改編することが出来る能力であり、これにより複雑な社会環境適応的な行動が可能となる。この人間独自の精神機能は、進化の過程でヒト前頭葉が格段に発達した中で獲得されたもので、個体においても、前頭葉が成熟する思春期に確立する。思春期は、社会環境に適応した自己を形成するための極めて重要なライフステージであり、ここでの自己制御の発達の歪みは、現代の若年層に見出される深刻なこころの問題や社会病理に多大な影響を及ぼす。本計画研究(A03)は、思春期における精神機能の自己制御の形成過程(A01)と神経基盤(A02)の理解にもとづき、分子~神経モジュレーション~心理・社会的介入までの幅広いアプローチによって、思春期の若者が精神機能の自己制御性を育み、それによって自己を発展させ、成熟した人間形成に至る過程の支援策を開発する。

脳科学の対象は、知覚→情動→社会性へと展開してきたが、自己制御性(自己意識・自我)については手つかずのままであり、それが形成される思春期もブラックボックスであった。これまで脳科学の手が届かなかった人間独自の精神機能、それが育まれるライフステージについて、人文社会系・生物学系の融合によってアプローチすることは、まさに総合人間科学の創出である。

A01・A02と共通で、精神機能の自己制御にもとづく社会環境適応的行動を«内的過程であるメタ認知と、外的過程である社会認知・行動»とモデル化し、A02で同定された神経回路基盤をターゲットに、それぞれの回路に対応して、分子(食品に含まれる栄養物質など)、神経モジュレーション(ニューロフィードバックなど)、心理・社会的介入(メタ認知訓練法、対人コミュニケーションなど)による具体的な支援策を提案する。

X00 総括班

総括班

本領域『精神機能の自己制御理解にもとづく思春期の人間形成支援学』は、人間における自己制御精神の成立、思春期における発達過程を個人・集団レベルで解明し、分子から社会までの統合的・学際的アプローチで«思春期における自己制御精神の形成支援»を目指す新たな人間科学を確立するものである。本領域の有機的・効率的マネジメントと社会との対話促進のため、本総括班を組織する。

領域代表者の笠井が総括班の研究代表者として全体をマネジメントし、その元で、領域の各計画研究代表者・研究分担者が研究分担者となって、複数のアドバイザリーボードと委員会を設けて活動する。また、総括班評価委員による領域評価委員会を設置して、領域推進のモニタリングを行う。

各アドバイザリーボードは、それぞれの専門の立場から、各計画研究・公募研究の支援活動を行う。具体的には、疫学・コホート、神経経済学、遺伝子解析、神経画像、動物研究、仮説構築の各分野について、研究立案、解析などについて助言や受託を行う。

各委員会は、領域内の企画調整を円滑に行うとともに、他の研究領域との連携や、国民への発信・対話、倫理的配慮などについて、領域内の意思統一を図る。具体的には、若手・女性研究者育成員会は、若手研究者合宿等をコーディネートし、新しい学問領域を担う若手・女性研究者を育成する;領域内外連携委員会は、領域内の共同研究や、異なる学問分野や研究班(新学術領域、脳プロ、GCOEなど)との連携を図る;広報・市民との対話委員会は、公開シンポジウムの開催等を通じて研究成果を社会や教育界などに発信するとともに、倫理検討委員会は、その発信のあり方について脳神経倫理的に検討する。

総括班の活動を通じて、認知科学・心理学・言語学・教育学・疫学という人文社会系諸科学と、精神医学・神経科学という生物系諸科学、それらをつなぐ進化心理学・神経経済学という新興学問分野の融合を促し、新たな総合人間科学を確立するとともに、脳科学と社会・教育を架橋することにより、社会や国民に研究成果を還元する。

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